ソープオペラと個人メディア(※ソープランドではありません。)


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ソープオペラ」と言われるものがある。

 

いわゆる「昼ドラ」で、海外などでは石けんなどのスポンサーがついていたからこのような呼称で呼ばれたりするらしい。「As The World Turns」とか「Lighting Guide」とか、ここ2-3年で終了してしまっているけれども、1950年代くらいから続く驚異的なご長寿ドラマが存在していた。

 

そんなソープオペラについて、留学中に読んだ記事に、”ソープオペラ症候群”な人たちについてのものがあった。

 

テレビというメディアがお茶の間を占め、毎晩同じようなライフスタイルをおくる視聴者にとってはもはや生活の一部と化すソープオペラ。日本のよくあるワンクールみたいなものではなく、何十年も、ものによっては毎週何度かやるのだから、主人公達の成長はもちろん、主人公達が物語の中で生んだ子供が次の主人公となり、成長を遂げて行く姿も同じくおっていくことになる。視聴者はそんな(画面の中の)彼らの人生の紆余曲折とともにリアルな人生も歩んで来たのだから、最近であったそこらへんの知人なんかよりも彼らを大切にしちゃうし、感情移入もかなり本気でしてしまったりするのだ。

 

イメージとして言えば、日本の「渡る世間は鬼ばかり」で、えなりくんがあんな子供だったのに気がつけばしっかりものの青年になり、ついには恋愛するようにまでなっていて、「がんばれ!えなくりん!」なんて思わず親心的につい夢中になってしまうおばさんたちがわかりやすいだろうか。(80を越えているうちの祖母なんてそんな感じだった。)

 

それが過度に行き過ぎる人々がいわゆる”症候群”的なものとなり、普段の生活のリアルな繋がりよりも感情移入しすぎて、リアルよりもただの一TVプログラムを優先

してしまうこともあるらしい。

 

記事では確か

 

A:「今日誕生日会があるんだけど、一緒にいかない^^?」

B:「ごめん、今日、別の誕生日会があるの><?」

A:「そうなんだー。誰の?」

B:「ああ、えっと、Lightning Guideの主人公●●の彼女、●●の誕生日パーティーよ。」

A:「え、それドラマじゃ… ?」

B:「そうよ?けど、一ヶ月前から主人公と友達の●●が企画してたんだから。」

A:「・・・・(××;)」

B:「ん、何?どしたの?」

 

といった会話や

 

A:「すいません。今日、会社、おやすみをいただきます。」

B(上司):「どうしたんだ?風邪か?」

A:「いえ、ドラマ●●の主人公の●●が妊娠しちゃって、もうそれどころじゃないんです。今何も手が付かないし、今日の昼、きちんと見守ってあげないと。」

B(上司):「・・・・」

 

といった、

 

極端な例まであげられていた。

 

 

「バカじゃないか。」

 

 

なんて思うかもしれないが、映画ハリーポッターのファンであればあのハーマイオニーがどんどん成長して美しくなって行く様にはドギマギして最近では「成長したハーマイオニーが見れる!なんとしても、成長を見守らねば。」なんていって劇場に飛びつく人たちも少なくは無い。というか、とりあえずここに一人いる(ぉ

 

要は、長い年月をかけて1つのコンテンツに接して来た時に、そこにあるキャラクター、そして成長物語を見届け見守って来たという事実が、あなたの実際の生活と、彼らの世界を強く結びつけることがある、ということだ。

 

さて、そんな話がある上で、このソーシャルメディアの時代。

個人がメディアを持ち、毎日の生活はもちろん、その時々の考えや感情を世の中にどんどん発信している。そして、中にはその人自身の「変化」や「成長」みたいなものを赤裸々に綴り、共感に限らず応援の波を引き寄せている人たちがいる。

 

それらの論調を切り取り「ジャーナリズム」や「思想」という事も出来るが、別の視点で捉えればそれらは「リアルタイムなリアルドラマ」だということが出来る。

 

今の時代の人々がRSSに登録し、日々の彼・彼女らの情報を受け取り、それを物語として消化していく。炎上スレスレになった時には応援し、イケイケどんどんの時には盛り上げに参画する。

 

そうしてファンとなり個人メディア(=コンテンツ)にへばりついていると、それらを楽しむ事が日課となり、いつかはそれが生活の一部になってくるのではないか。それこそ、ソープオペラの特徴である「物語の連続性と持続性」は、個人メディアにこそ当てはまる。だからこそ、月日が5年、10年、20年と流れる時、粛々と発信された例えばブログなどの個人メディア/コンテンツは、読者にとっての新しい「ソープオペラ」と化すのではないかとさえ思うのである。

 

田舎に住む主婦が、直接会ったことも無い、都会で奮闘する若者の個人メディアを追いかけて、応援して20年が経過する。その読者の人生はそのブログと歩んで来たこととなり、その人のリアルな繋がり以上に感情移入や思い入れするようなものになるだろう。

 

 

 

海外で長々と続いていたソープオペラが終焉した時、テレビ画面を前にし、長々と続いたその物語と、その横にあった自分の人生を想い涙した人の姿は多く見られたに違いない。

 

20年後、区切りを告げて閉鎖をする個人メディアが出現する度、同じ光景がパソコン/スマートフォン、その他のデバイスの画面の前で繰り広げられるかもしれない。

 

そんなことを、最近の@sayuritamaki氏のブログちきりん氏のブログを見て思ったりする。

気がついたらソープのクライアントからオファーが来てるかもしれませんねw(そんなものいらないんでしょうけどw)

 

 

「●●のブログの●●さん、頑張ってるね。おめでとう。20年前は、まだあんなだったのにね。」

 

「●●ブログの●●くん、結婚したんだってね!おめでとう!あの頃まだ18歳だったのに、、。早いねぇ。何度も恋愛について悩んで、ちょっと心配になることもあったけど・・・j本当に良かった。」

 

そんなコメントは、これからたくさん生まれそうだなー。

 

とりあえず、皆さんのブログが、ソープオペラみたいな存在になるまで(それを目的としてブログやってることはそもそも無いと思うんだけれども)、これからもまだまだ続きますよう。

2件のコメント

Filed under life

2 Responses to ソープオペラと個人メディア(※ソープランドではありません。)

  1. ごとじゅん

    なんとなくわかる気が。はぁちゅうのブログを2005年からずっと読んでて、意識の高い大学生(笑)に憧れて、気づいたら同じ会社にいるあたり、どこかしら影響受けた気がする。。

  2. befmap

    そういえば今度イベントやるんだっけ?関西で。いけたらいきますー^^

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