Monthly Archives: 4月 2011

幸福な二日酔い-「ハングオーバー」-

昨日は、朝から二日酔い。 発端は、友人と行った、ちょっといい雰囲気のお寿司屋。 気がつけば、なぜかそのお店に来ていた別の男女のグループとその寿司屋の大将とオサレな六本木のバーに行き、更にそのあとは大将と引き続き2件行くという不思議ナイト。 なんとなく、寿司は究極的にうまかったような気がするし、お酒をつくってくれていたお姉さんは素敵だった気がするし、最後に行ったお店は「地ビール」を飲んでいた気がする。 自宅の机に散乱した見知らぬ名刺が糸口となり、また、財布からお金も消えている事実が更に二日酔いの脳を刺激し、数時間前の記憶を引き起こす。 基本的にそこにくるのは楽しい想い出ばかりだけれども、人生酸いも甘いあるもので、時と場合と状況に寄っては、大きな後悔と自責の念にかられる事も。 「そんなふうにして、人は、大人になっていくんだよ。」 とキレイごとを言ってくれたのはお酒の広告のコピーだったのか偉人だったのか、しょーもない年配の方だったのかわからないけれども、なんだかんだ言って、二日酔いにより具現化される後悔と自責の念が、お酒を飲む人には何かしらのタイミングでやってくる。そして、そこから人は何かを学び取とり、得たりしている。 そんな二日酔いからの成果物の一つを提示してくれるのが、映画「ハングオーバー」。 全米では270億円の興行収入を超え、国内でも一部のファンの活動によって公開された作品。ラスベガスに行ったことのある人であればテンションがあがること必至のラスベガスバカ騒ぎコメディ。ラストの終わり方も素敵で、スカっとしたい時とか、今夜は飲むぜ的なテンションの前に見るのにぴったりの映画。 記憶を忘れるくらいにぶっ飛んだ時に生まれるのは「絆」だと語るこの映画の気持ちよさは、(実際にはドラッグパワーもあるがw)、アメリカ人だけでなく、昨晩の記憶をなくして「あれ、昨日ってどうなったんだっけ・・?」という経験のある全世界中の人に響く。 体を危険に晒すことや他人に迷惑をかけるのは NGだけれども、記憶をなくすくらいまでワイガヤ騒いで、昨晩の記憶を紐解くような経験は、そこにいる仲間意識を高め、それを忘れがたい想い出として輝かせるのではないか。時には、何があったかなんてその仲間以外は誰にも言えないんだけれども、だからこその秘密を守る意識が更にそこにある絆を強める 頭痛はするし、記憶は定かでは無いし、ちょっと後悔もしている、けれども思い出しては素敵だったなと言える「幸福な二日酔い」が、逆に人の心の健康を保ち、生活エネルギーとなっていたりするもの。さすがに朝起きた時に、前歯が抜けてたり、赤ちゃんが横にいたり、虎がバスルームにいたり、友人が一人行方不明、なんていうことはご免だけれども…。 ただ、そんな幸福な二日酔いパワーを、チーム/仲間意識の醸成としてうまく機能させているグループや会社っていくつかあるなぁとか思ったりも。 ちなみに、アメリカではコメディとして過去最高の興行収入を記録しているので、当然のごとく続編制作の話が舞い込んだよう。野郎どもはいつの時代も反省しませんので。 7月1日には日本でも続編が公開予定。 別に絶賛したりとか傑作だよということは言いませんが、気になる方(特に男性)はどうぞ。 遊びたくなります。 ちなみに、大型GWということで2日くらいから関西帰ります、たぶん。 しかし、、予告編安っぽすぎでしょ。。。

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「ぴあ」が休刊とかきいて映画について久しぶりに考えたり。(でもそれとは全然関係ないけど)

「ぴあ」が休刊するなんていう話を聞き、そういえばここんとこずっと「映画」について考えてなかったなぁと。 そこで、ふと考えてみた。 映画って、どれだけ楽しめるコンテンツなんだろうか、と。 でも、映画にも色んなタイプがあるよね。。。 ①既存コンテンツと連動/派生した作品の場合 1.小説/コミック/ドラマ/アニメで楽しむ。 2.ファンになり、関連グッズ、関連コンテンツで楽しむ 3.ファン同士の情報交換や考察、レビューを読んで楽しむ。 4.「映画化されるって!?ひゃほーい!」と言いながら劇場で楽しむ。 5.更にファンになり、関連グッズ、関連コンテンツで楽しむ。 6.ファン同士の情報交換や考察、レビューを読んで楽しむ。 7.続編や関連作品が各種メディアで展開(場合に寄ってはテレビドラマで続編)され、楽しむ。 8.「またまた映画化!どどーん!」ということで、更に劇場で楽しむ。 ・・・繰り返し・・・ ②独立した作品の場合 1.劇場で楽しむ。 2.ファンになり、関連グッズ、関連コンテンツで楽しむ 3.ファン同士の情報交換や考察、レビューを読んで楽しむ。 おわり こんなふうにえいやで(大雑把にw)考えると、テレビや出版社ががっつり力を入れた作品の方が、手厚くファンの為の事前サービスもアフターサービスも提供出来ている。一方、独立した小規模作品のファンは、せっかくファンになったのに、思ったほど楽しめない。映画料金は同じにも関わらず。 じゃあ、テレビ関連のアニメとか見ていた方が、より色んなところで楽しめるし、良くない? とか思えてきた。 一方で、「ファンの規模が大きいからそれだけお金もある。だから、色々ファンに提供出来るんだよ。こっち(ミニシアター系)は金がないんだよ。無茶言うな。」というのはもちろんだ。 けれども、だ。 「岩井俊二監督が震災をうけて、「四月物語」をウェブで無料公開した」 なんていう話なんかは、「おお、岩井俊二さんすげー!」ということで、やっぱあらためてファンとしては嬉しくなる。別に自分の為の行為じゃなかったとしても、好きな誰かや何かが「おもしろい動き」や「新しい動き」をしてくれると、もうそれだけでファンはうれしくなる。 いやでも、そんなもんでしょ。 ファンなんて。 ジャニーズのイケメンが手をふっているのを遠目に見るだけで「あれは私にふってくれたのかも!ヤバい!」なんて、いいように勘違いしてハッピーになってくれるのがファンなのだから。 だから、小規模の作品でもいい作品であればそのファンになってくれた人は必ずいるのだから、彼らをもっと喜ばせる方法は模索していった方がいいんじゃないの?と切に思う。別に、お金かけて、どかーんと何かをしてくれというわけじゃない。 例えば、映画コンテンツを持つ会社がきちんとやってこなかった「作品のファン」へのサービスとして、彼らの想いに答えるようにうまいことしてるなーと思うのが「ドリパス」。ファンの鑑賞意欲をベースにした過去作品の再上映サービス。 「ロスト・イン・トランスレーション再上映しますよ?」 なんて言われれば、この大都市トーキョーの中でたまに孤独を感じて主人公達に(外人でもないのに)共感しているイタい人や、「ソフィア・コッポラやべー!」なんていう人が集まるに決まっている。 今後は「再上映」ということをどれだけ「事件」として演出出来るかということと、ファンの中でも更に熱心なコアなファンにどれだけうまく答えていけるかでうまくやれば、ファンにとってはたまらないサービスになるんだろうな、と。 そんなふうにあれこれ書いて思うのが、やっぱし、今一度、映画業界の、特に小規模作品を展開している企業は「作品のファン」のことを真剣に考えた方が良いのでは無いかということ。 毎晩毎晩、常に隣に友達がいるような状態のウェブという「街」に徘徊するようになったのが「今の人」であり、ファンである。彼らに出会ったり、彼らを誘い込んだりする為のコストは過去に比べて著しく下がったはず。だとすれば、そんな彼らの為に、お金をかけずに何かできること無いだろうか、と考える。ただ公開前に情報発信したり、壁紙とかのサービスを提供したりするだけではなく、「この作品のファンで良かった(になって良かった)」なんて思える活動。 そうして一度ファンになってくれた人達をきちんとファンとしてキープし、育成し、うまく(「続編」はさすがに規模的に厳しいだろうから)、無理の無い説明とともに関連作品に繋げて行ったりすることが、小規模作品を束ねて生きながらえて行く為の方法の一つなのでは無いかと思う。 (逆に言えば、そんなことをしなければならないくらい、追い込まれているんじゃないかと個人的には思っていたり。) 演劇なんかは、もっと小規模なのに、それでもなんとか頑張ってギリギリでもやっていけているのは、やっぱりついたファンを大事にしてるからなんだろうなー。 とかなんとか書いていたら、「オモイデマーケティング」なんて変な言葉が浮かんだ。 … Continue reading

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