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【退職のご報告】会社とかこれからとか。

GW明けということで、ご報告も兼ね。 先日の4月末をもって、2010年から約2年お世話になった博報堂を退社しました。 どうせいつ死ぬかもわからないので、そして誰かにもしかしたら意味があるかもしれないので、脈絡も無いいつも通りのチグハグな日記感覚で、ご報告も兼ねつつ、会社と、時代と、これからについて遺しておく、そんなエントリーです。   まずは、広告会社について。 本当にお世話になりました。 新卒当時、同業界、また他の業界からも運良くたくさんオファーをいただけたこともあり、どこにいくのか、本当に悩んでいた時期がありました。そんなあの頃に戻っても、また同じ選択をするだろうと思うくらい、この2年間は本当に恵まれていました。といっても、大きな組織ですから、思う通りにいかないことがたくさんある中、目の前にあることをやりつつ、でもああだこうだ常に文句を言ったり勝手にやったりといったこともあったわけですが…。 今もプロジェクトをやりつつよるヒルズに一緒に住んでいる高木新平との1年目。 同時に新設部署に入れられ、気づけばこれから一緒に色々やる高橋才将との2年目。 その他、博報堂という組織を中心に集まり、動く、面白い方々との時間。 素敵な時間だったなぁと。 こんなに恵まれた環境はなかなか無いんだろうなと。 振り返って、あらためて、色々と思います。 総合広告会社ってもうおわってんじゃね? ネット系ベンチャーの方がイケてるんじゃね? とか、それに近しいことを思う方もいるかと思いますが、それは組織の体制と軸にあるビジネスモデルの話であって、そこにいる人たちの中には、魅力的で、それはもう僕が遥かに及ばない”能力”や”気概”を持った人たちがたくさんいました。そして、いきなりITベンチャーに行っていれば、たぶん見えなかったであろう視点をたくさん拾い上げることができました。 「コピー1本で、なんて時代が終わった。」 そんな軽はずみなことは口が裂けても言えない。 それで社会が動くことは無くなっても、会議が、企画が、そしてお金が動くことはまだまだある。そんなものを間の当たりにすると、その言葉に行き着く思考からはたくさんのことを学ばないと、と思わざるをえません。言葉の力は、これからもずっと偉大なんだと思います。 「マスメディアは死んだしイケてない。」 そんな視点の狭いことなど恥ずかしくて言えない。 そもそもメディア=箱と捉えて、箱を分析して、「あの箱はイケテナイ」なんていうのは視点自体が狭いんだろうと思います。使い方次第で、また捉え方次第で、それは箱ではなくメッセージそのものや違う何かへ変えていけるのだと思います。そんな可能性を信じるのは、インターネットの未来を信じる以上に、力も能力も妄想力も必要で、でも、だからこそ夢あることだと思いますし、そういったところにチャレンジして暴れる若い人がもっといていいのだと思っています。 「広告は刹那的だ。」 一部はそうかもしれないけれども、これからはどんどんと変わっていく。 ユーザー1人の人間の人生に一生忘れることが無いような体験をのせて、クライアントの課題解決に繋がる施策をすることも出来る。そう実感できる案件に初年度から携わらせてもらい、目の当たりに出来たことは、本当に恵まれていました。 「ビジネスモデルが死んでる。」 それなら、崩壊していない(しない)モデルを持つ会社はどこにあるのか。 大手の日系企業を見渡せば、ほとんど崩壊しつつあるところばっかりじゃないかなぁ..なんて思います。どれだけの期間そのモデルに依存して来たかという差はあれ、結局どこにいっても新しいモデルを創って行くという使命は、これだけ変化の早い時代、全ての若いサラリーマンが持つべき意識だと思うんですよね。一般的には「経営者視点」とかっていうんですかね、そういうの。なので、より新しいモデルが求められるところにいられることは、むしろやりがいがあると思えばいいんじゃなかなぁ、なんて思います。 広告会社はもちろん、その他大きな組織について何かしら煽るようなかたちで色々と言いきる人は、たぶん、言いきること自体が仕事の一部になっているか、ただ誰かの言葉を思考せずにコピペしているかなんじゃないかと思います。そもそも二元論で語るなんてもはや「売り物」をつくるようなことなんですから。(別にそれが全く悪いとはおもいませんし視点の供給として意味のあることなんだと思います) 広告に限らず、銀行には銀行の、通信には通信の、生保には生保の、地方公務員には地方公務員の、たくさんのやりがいと、可能性があるんだと思います。実際にそれぞれの領域で変革を目指して、結果、そこで挫折したことが無い限り、安易に否定する事なんて本当は出来ないんですよ。 一部の人々が新しい働き方を発信したりすると、大きく古い組織に勤めるそんな彼らの人生があたかも比較の結果「幸せじゃない」ように見えがちだけれども、そんなことは無い。全ての人は、各々がつくったバーチャルワールドに生き、そしてまたしっかりと地に足をつけ、どこかに向かって歩んでいるですから。それはきっとどこかでいいんですよね、歩いていればその歩いた道での体験に呼応する何かしらの幸せにあたるんですから、とか思ったりしています。 と、少し広告会社から話がそれましたが、、、要は、ネットに限られない広告会社は、そんな中でも数ある業界と比較したとしても、本当にまだまだたくさんの可能性を秘めている領域だし、楽しめるところだと思うんですよね。そして、そこはたくさんの発見がまっている場所です。なので、僕より若い人たちは、広告業界にいる人材、メディアネットワーク、クライアントネットワークを使って、社会に何が出来るのかを妄想しながら、臆することなくこれからもどんどんそういったところへ飛び込んでいっていいんじゃないかなと思っています。 もちろん、中にも色々とありすぎて一概には言えませんが、やりようによってはきっと楽しいはずですし、ああいった組織でしか出来ないこともきっとあります。 そういえば、先日、この新聞広告を見ました。 「東北はひとつ。日本はひとつ。」 お前、新聞も読んでないのに新聞広告か…って話ですが、それでも、出社最終日にたまたま(そしてはじめてちゃんとw)じっくり見たその新聞広告は、とても、とても、素敵でした。ああ、これで人の命は助からないんだろうけど、とてもいいなって、これで勇気をもらった上の世代の方々はたくさんいるんだろうなぁ、なんて。 広告会社は、いいところです。 (ネガやリスクもある前提ですけどw)   そして、個の時代について。 … Continue reading

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ノーリスク・ハイリターンな最高のエイプリルフールの過ごし方。

                          人生にたぶん100回も来ないんでしょうね。 嘘をついていい日、4月1日、エイプリルフール。 「嘘も百年くり返すと本人まで信じる始末さ。」 とは、風の谷のナウシカでの言葉ですが、嘘か真か、そんなもの、歴史を疑ったり”本当”とは何かをまだまだ問わねば成らない時代の中で、当人さえも実は分からないものだったりします。 ということは、もしかするともしかすると、エイプリルフールでついた嘘が、気がつけば真に繋がり、あなたの人生をシフトさせていく大きなものになるかもしれません。 そんな中、ノーリスク、ハイリターンな、最高のエイプリルフールの過ごし方をふと目覚めとともに思いつきました。なぜこれを僕は小学校5年から高校3年までの多感な時期に思いつかなかったのか。あの頃の煩悩エネルギーを如何に無駄に使っていたかと猛省しています。 ★あなたの人生を変えるかもしれない、ノーリスク・ハイリターンな最高のエイプリルフールの過ごし方★ ●STEP1 連絡先に入っている異性のアドレスを選別。 ※この人はどうしても生理的に合わない・いざこざがあるという人は除く。 ※関係値の良い元カノ・元カレはOKにしておきましょう。 ●STEP2 今まで名刺交換した方の中で異性の方で気になる方の名刺だけを選別。 ※クライアントもエイプリルフールはだいたい寛容です。 ●STEP3 以下の文面をコピペ。 友人用 ——————— ごめん、なんか、好きだわ。 前から思ってたんだけど、なかなか言いだせなくて。 好きです。付き合ってください。 あの桜の下で、待ってます。 ——————— クライアント用 (相手の立場や温度感に合わせて改変しましょう) ——————— お世話になっております。 … Continue reading

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オワコンと賞味期限がやってきたキッチンのタマゴ。

    最近色々と新しいことを覚えています。   「オワコン?ああ、終わってるコンパのことでしょ。」   と涼しい顔で言っていた桜も咲かない25の桜月。 どうやら「終わったコンテンツ」のことらしいですね。また1つ学びになりました。   分からない人の為に例文を。以下のように使うらしいです。 例文(1)「あれってオワコンだよね^^(ケラケラ」 例文(2)「オワコンなめんなゴラァ」 例文(3)「オワコンワロタwww」 ※よく分からなければ(3)を言っとけばセーフ。   まぁ実際のところ別に「終わってるコンパ」だと思っててもこの先の人生そこまで支障でなかったかなーなんて思いながらも、この度、正式な名前の意味を覚えてドヤ顔で「オワコンの意味しってる?知ってる?」とか言いまくってますよええ。 そんな流れもあってか、ふと会話の中で   「うーん、あの人はオワコンだよね。」   という言葉が聞こえたり。 なんとなく気にならずに流していたけれども、「オワコンか否か」を判断軸に据えて物事を見限ったり取捨選択するというのは、実はものすごく危ういんだなぁと。そんなことを、これから僕の絶品炒飯の一部になろうとしている賞味期限がきたタマゴを見て思ったりしたのでした。 「人がコンテンツだ」みたいなことはこの個人メディアがお盛んな時代の中よく言われることですが、「オワコンか否か」というものすごく表面的な視点でしか人を見れなくなっていくというのは凄く残念なことだなぁと。   気がつけばいつのまにか某テレビ局のプロデューサーのように烏滸がましくなり、本当に大事なものは何かと問う事も無く、つい”規模”を求める拡大思考へとシフトしていってしまう。見る人があってこそ成立するコンテンツを扱う立場の人にはいつもそんな危ない落とし穴があるなぁと。もちろん僕も広告業界に居るので「オワコンなんてスルーしてイケてるやつを利用してやるぜグヘヘ」というのはあるわけですし、それがそれで駄目だという事では無いのですが。だって、ツールですからね。   ただ、実際、「オワコン」になったのは、コンテンツとして過剰なまでに評価され誇大化されたメディアが喜ぶ「見せかけの価値」の部分が消費されてしまったからで、そこに昔からずっとあった価値はあんまり変わってないことの方が多いんですよね。別にモーニング娘だって不細工になったわけでもなく、ダンスや歌が下手になったりしたわけでもなく。 そんなことを考えていてふと思ったのは、秋元さんはいつか   「AKB、もうオワコンだよね。」 「もういいよ、AKB。次々、次いこーぜ」   と言うんだろうか、ということ。 「AKB48の経済学」(あくまでも当人が書かれたものではないけれども)の中で書かれていたように、テレビがコンテンツを育てる=視聴率至上主義の時代の中で生まれて来たコンテンツは、メディアの力によって誇張され膨張したバブル的価値を伴っていて、それらはいつ消えてもおかしく無いが為に、ものすごいスピードで消費されていく(させていく)傾向がある。ぶっちゃけ視聴率なんて水物だし、たった1つの小さなことでそれはガタ落ちもするし、そこで生まれてくるものの多くは「ブーム」でしかない。だから、そこで生まれたコンテンツは、数年立てばボロ雑巾のようになっていて、視聴率が取れなくなってはポイッとされる。   メディアがある限り、「オワコン」は何かしらの形で生まれ続けるんでしょうけど、それでも、僕は、「オワコン」になっても変わらない価値がそこにきちんとあって欲しい(育っていて欲しい)と思うし、同時に、その時にその変わらない価値を見つめ続けられる人がいて欲しい(そしてそんな人でありたい)と思うわけです。特にこと人に関しては。(AKB48の熱烈なファンではないですけれども)   そんなことを色々と考えると、たぶん「コンテンツ」というもの自体危ういんですよね。光あるところには影があるといいますけど。しかも、人がコンテンツになりやすくなった時代なんてね。いいところもあれば、悪いところもある。まぁ、あたりまえなんですけど。   そんなわけで、キッチンの隅にたたずむ、この世にヒナとして生まれてくる事も出来ず、賞味期限当日まで無惨にも放置されたこのタマゴを見つめ、「大丈夫お前のその変わらない価値をきちんと生かしてやるぞ」と思いながら、僕は今日もまたフライパンをふるのでした。 … Continue reading

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