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日本企業の使えないおっさん=ウッディ-「トイストーリー3」-

「涙無しには見れない、語れない。」 と、もっぱらの噂だったトイストーリー3。 ええ。 泣きましたが。 何か。 てか、あんなふうに、人形と人間の関係をフラットに描かれてしまうとなかなかどうにも。それこそ、「おもちゃ」という宿命からは逃れられない彼らの儚さと、その宿命の上においても幸せな瞬間は続くのだという人生の宿命論の中にある希望的示唆が人々の感性を刺激し、ゆるやかで豊かな気持ちに浸らせてくれる訳です。涙腺も緩みます。 さて、そんな当たり前の話はさておき、今回はトイストーリー3で(無理矢理)別の話を。 思えば、日本は終身雇用・年功序列制度、アメリカはそれこそ成果・能力主義が一般的で、これまでの社会を形成してきました。しかしながら、ほっとけば右肩上がりだった経済の終焉に加え、急速なグローバル化が進んだ日本では、 「終身雇用制度?いつの話だよ。赤坂にあのフーターズが出来て、検索はgoogle、人気の携帯はappleのiphoneという、21世紀の10年目だぜ?」 という台詞が飛び交う、なんともまぁクールでファジーな楽しい時代に突入してきたわけです。 就職活動生も、意識が高い人になればなるほど 「終身雇用?いやいや、転職とかあたりまえっしょ。ステップ論に基づいて一社目なんて選ぶもんね。」 な感じだったり。 そんな中、このトイストーリー3はと言えば、アメリカ社会がこれまで信仰してこなかった、そして日本から失われつつある「繋がり」を描写しています。 「雇用主に対する帰属意識」 「人間とおもちゃの間にある絆」みたいなこと言ってますが、本来彼らの間にあるのは「友情」では無く、雇用する側とされる側のシビアな関係に近いものであるわけです。求めている、もしくは評価しうるバリューを発揮しないのであれば、そこにいる意味が無い、というのが使用者から見たおもちゃです。だって、家においておくにしても「スペース」という「コスト」がかかるわけですし。 作中、ウッディは 「俺たちはアンディのおもちゃじゃないか。アンディを信じよう。アンディのもとに帰ろう!」 と主張します。一方、仲間達は裏切られてゴミとして捨てられたものだと勘違い。(その後の作品の流れでは、結局ウッディの主張が正しく、帰属意識の先にある「愛」とか「友情」みたいなものを美化してちゃんちゃん、な物語になるわけですが) そして、おもちゃ達が理想とする「いつまでも一緒に」ということは叶わないにしろ、きちんと次のポジションを与えてくれるあたり。昇進しなかった人材にそれなりの処遇とポストを創って(子会社にでも)恩義を計らってくれた一昔前の日本企業みたいな感じですね。 一方、悪の象徴として登場するピンクのクマ率いる保育所のおもちゃ軍団は、冷静に見ればよくある典型的な組織である事に気づきます。一部の管理者が手厚い処遇を受け、「新入社員」はハードな環境で下働き。ただ、実力があるのなら(例えば突出したリーダーシップとかね)若くとも上の世界に来て同世代や年上の部下を管理もできるなんて、アメリカっぽいじゃありませんか。「地獄」なんて大層な言い方がされていますが、よっぽど現実的なわけです。 映画は人の欲望/願望を映し出す鏡だと言われますが、トイストーリー3が描く美しく感動的な世界は、アメリカ人はもとより日本人にももはや保証されなくなった雇用主への帰属意識の価値や重要性みたいなものをあえて描き、私たちに根拠のない時代遅れな価値観と安心感をほんの一瞬与えてくれているんではないでしょうか。だからこそ、毎日に嫌気がさして疲弊しているほとんどの人にグサリとささるのでは。。。 おもちゃの「仕事」は、子供と遊んで、子供をハっピーにする事。 思えば、時代の流れによっておもちゃはもちろん、子供が触れる娯楽の多様化は進みました。ニンテンドーDSさえあれば、それこそ無数のゲームがプレイできるし、今では無料で出来るゲームもある。2~6歳むけくらいの、これまで人形とかでしか遊んでいなかった層でも遊べるゲームも誕生して生きています。 ウッディたちみたいな旧来型おもちゃの「転職・再就職活動」が今後厳しくなる中で、ウッディたちは近い未来、「時代についていけない社会人」として、どのような処遇を受けることになるのか。あのピンクのクマの運命のように、「遊ぶ」という自分たちの発揮していた価値からの転換をはかり(無理矢理はからされるわけですがw)、別の(不遇な)「用途・価値」を見つけ出さねば、それこそゴミとして燃え盛る炎の中に投げ込まれてしまうんでしょうね。 そのうち、ウッディ=日本企業の使えないおっさん(リストラ対象)、という構図になりかねません(いやもちろん、彼のリーダーシップとか行動力とかすごいんですけど、あくまで例として。) ウッディたちが炎に包まれそうになるゴミ山には、他にウッディたちと同じ境遇であのまま燃え尽きてしまったおもちゃ達が(描写されませんが)、何万とあるはずです。そして、そういった所には気づかずに感動して涙を流す人間達の(自分含め)視野の狭さにあらためて愕然としつつも、うまく物語を構成するピクサーの作り手達の巧さに脱帽してしまいます。 人間の組織では評価されにくくなった「想い出」や「友情」、「帰属意識」といったものを、おもちゃの仕事の世界に置き換えて綺麗に物語ってくれる。そんなピクサーの人達の発想はやっぱり凄い。 3作品目として素晴らしい作品になってますので、ぜひぜひ。 バズってましたが、大人のトイストーリーもどうぞ。

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60年代のカーラジオはtwitter的かもという話。-「アメリカングラフィティ」-

「1962年の夏、あなたはどこにいましたか?」 監督:ジョージ・ルーカス 出演:リチャード・ドレイファス、ロン・ハワード、ハリソン・フォード 青春群像劇。 それこそ、86生まれの僕なんかは「ウォーターボイーズ」とか思い出してしまう訳ですが、僕ら両親の世代はこの「アメリカングラフィティ」なんかがピッタシ当てはまったりするのかもしれません。 この作品「アメリカングラフィティ」は、1973年にあのジョージ・ルーカスがメガホンを取り、大ヒットした神曲ロックオンパレードの名作。地方のハイスクール卒業後、大学に通う為に都市へと旅立つその前夜の若者達を描いた、恋愛と友情が絡み合うこの青春映画では、彼らの主要メディアとしてカーラジオが描かれています。 時代は60年代の田舎町。 車は持っていて当然(というか無いなんてありえなくね?的な。)で、夜な夜な街のドライブインに集合しては各々車に乗って街を右往左往しながら友との出会いを楽しむコミュニケーションが理想(「イケテルやつら」としての)だったようです。 そこに登場するカーラジオ。 それが今の時代の「携帯で楽しむtwitter」と少しばかり共通点があったり。 ◆携帯性 常に車と一心同体で過ごす彼らにとって、どこに行くにも車は「携帯するもの」として描かれます。まるで今の時代の僕らの携帯電話のようです。 ◆ リアルタイム性 みんながみんな夜中は車にのって街をウロウロしているわけだから、カーラジオは「仲間みんなが“今”まさに聴いているもの」としての認識の上に存在している訳です。だから、そこに載る情報は自分が享受したのと同じ瞬間仲間も受け取っている、と信じている訳ですね。 ◆個人の情報発信ツール しかも、「携帯される」カーラジオは、時としてコミュニケーションするメディアにもなります。作中主人公が街で見かけて一目惚れしつつも接点の持てない意中の相手にメッセージを届けるため、ラジオ局に乗り来んでは「このメッセージを今夜流してくれ」と懇願します。 もちろん、乗り込まなくても、車を止めて電話してもOKなわけで、情報を載せる事が出来るメディアであり、コミュニケーションのツールとして機能していたという特徴がある訳です。 作中でも、そこに情報を載せたところ、相手も当然のごとく(街を徘徊する車の中で)ラジオを聴いているので、指定した電話番号に連絡が入ることになります。 それこそ、今の時代は 携帯電話を持って外に出て、 twitterは仲間がちょくちょくリアルタイムにチェックしてると信じていて そこに個人が情報をのせちゃう。 「今から誰々の家にいくけど、誰か一緒に行く人~?」 なんてつぶやいて、友達を募集したりして。 もちろん、当時のカーラジオなんてソーシャルグラフも無いし、「いつでもどこでも手軽に情報発信できるユーザビリティー」とか「発信できる情報量の爆発的増加」みたいな点で、今のtwitterとは比べものにならないくらいの「劣った」コミュニケーションツールなんだけれども、「携帯性」と「リアルタイム性」の特性を持つ「個人の情報発信ツール」として機能しているメディアは昔からあったんだよなぁということをこの作品は再認識させてくれました。 その後、ドライブイン×カーラジオの時代はメディアと娯楽の多様化によって終焉を迎え、テレビの登場によって「家でそろってみんなでテレビ」なんていう文化が当たり前になり、「場所が固定されていて、個人が情報をのせることが出来ないもの」が「みんなのメディア」になってしまったわけです。 だから、今の時代になって、頭の固い大人達が若者の行動を見て、 「(ソーシャル)メディアで個人と個人が繋がっていくなんて!」 「リアルタイム?そんなもの大変だしよくわからんよ!」 とかいって頭ごなしに(否定的な意味ではなく)「最近の若い奴らは」なんていうのはちょっとおかしな話なんですよね。 60年代にそれこそ田舎のアメリカでやっていたようなことが、今ソーシャルメディアでより効率的にできるようになっただけなんですよ、と。 60年代のカーラジオと、今みんなが持っている携帯上のtwitterは、そんなふうに近しい部分があるとおじさんたちに知ってもらえれば、また彼らからも違った反応があるのかもしれないですね。 ほとんど作品の話はしてませんが、なかなか良作ですので、時間があるときにでもご覧ください。 どうでもいいですが、若かりしころのハリソン・フォードも拝めます。 ◆追記 ただ、改めて思う事ですけれども、 映画の中で示される当時の人間と人間の繋がりが今は「見える形になっていて(可視化)」、人々の「コミュニケーションを蓄積できる(ログ化)」というのは、あらためてむちゃくちゃ革新的なわけなんですね。 ついつい今を生きてばかりいると「今が当たり前」となってしまいますけど、少し古い時代の人間関係とメディアを見ることで、今一度冷静にそういった凄さを再認識できます。

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あなたはどん底のままでいいか、それとも一夜の王を目指すか。-「キング・オブ・コメディ」-

あなたはどんな人生を送るのか。 ある人は言う。 「どん底で終わるより、一夜の王でありたい。」 あなたはどちらか。 もちろん、”一夜の王”が示す意味は人によって異なってくる。 少しこの言葉の意味の捉え方をずらすと、たくさんの人がなぜ大金をはたいて風俗やキャバクラに通うのかという答えも隠されている。 ”一夜の王”となることで人は嫌な事を忘れ、ストレスを発散し、また明日の現実と向き合うエネルギーを手に入れている。 「でもそれって、ただの勘違い野郎じゃん」 と思ったあなたはきっと正しい。 けど、世界はそんな勘違いのおかげででまわっているのもまた事実だ。 愛にしろ何にしろ全て勘違い。 あなたが見ている世界は妄想によるところが大きい。 あなたはあなた以外の人間とコミュニケーションを取るたびに無数の勘違いを繰り返し、妄想の世界をつくりあげて行っている。もしあなたが20歳だとすれば、20年間ちょっとずつくみ上げてきたコミュニケーションの蓄積は、大きな妄想の連鎖の蓄積であり、非現実的な世界を構築しているに違いない。 そんな「妄想の世界」を容赦なく構築する人こそ、この映画「キング・オブ・コメディ」の主人公に他ならない。 映画「キングオブコメディ」はロバート・デ・ニーロの若かりし頃の作品で、監督はあのマーティンスコセッシ。作品自体は「タクシードライバー」の喜劇版とも言われる。ちなみに、コントで人気のキングオブコメディも名前の由来はここからで、各界に熱烈なファンを持つのもこの作品の特徴らしいです。 普通ならこんな作品なかなか借りる事も無いわけですが、今TSUTAYAでやっている「良品発掘」(おもしろくなかったら返金します的なキャンペーン)で、コメディのところで一位に君臨していたわけです。 それこそ、序盤の45分くらいは返金コールあと一歩手前なんだけれども、最終的に主人公がとる行動がキマりすぎていて、見終わる頃には前半とかなり違った印象を抱く事必至。 彼の生きる世界を見て、多くの鑑賞者は”とんでもない勘違い野郎だ”と思う訳ですが、結局それを見ているあなたも”とんでもない勘違い野郎”であり、同じ人間だということに気づきます。 そして、妄想して勘違いして狂っていくことが、現状を変革し、己を変えて行く手段の1つであるということに気づかされる訳です。 そういえば、過去にもappleが作ってたcm「Think DIfferent」もクレイジーな人達の話ですね。 で、演技で特筆すべきは、ストーカー女を演じるサンドラ・バーン。彼女の演技は100%うなります。神です。ちなみに、実は「アリー・マイ・ラブ」でも怪しい役を演じていたとか。。。必見です。 この映画を見て、自分に問いかけること。 「どん底のままか、一夜の王になるか。」 それに対する答えは、この映画が登場した1982年では無く、これだけネットが普及し、ソーシャルメディアが一般化してきた現代に置き換えて考えると、その頃とは少しまた違ったものになってくるのだと思います。 作中では「テレビ」がキーメディアとして使用されますが、今や王を一夜にして作り出せるのはそれだけではなくなりました。テレビ発でソーシャルメディアにのっかろうとも、ソーシャルメディア発でテレビにのっかろうともどっちでもいいわけですが、その大きな波にのるチャンスが過去に比べて多くの個人の前にたくさん低コストで用意されるようになった時代。 そんな時代だからこそ、今この「キングオブコメディ」という映画の中にいる狂った人間を見つめることに、大きな意味を見いだせるような気がしないでもないわけです。 最初の45分~1時間はきついですが、良作ですのでぜひ。 (アメリカンのセンスオブユーモアはなかなか理解できませんが…) おもしろくなかったらTSUTAYAに「金返せ」と殴り込んでください。 僕は知りません。 ではでは。

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